睡眠トラブルはパフォーマンスの低下、経済損失も
睡眠が大切だとわかっていても、やらなくてはならない勉強や仕事のため、睡眠時間を削ってでもする人は多いのが現状です。実際に、日本人の約4割の睡眠時間は6時間未満となっています。さらに、「実はOECD加盟国の中でも、日本と韓国は睡眠時間を含む自分のケアに費やす時間が少ない国の1、2位を占めています。眠らずに頑張ることを美徳とする考えが根底にあるのかもしれません。しかしその結果、ケアレスミスが増えたり、集中力が低下して勉強や仕事にかかる時間が長くなったり、健康を損なって遅刻や欠席・欠勤が増えるなど、逆に勉強や仕事の効率が悪くなることにつながります。ある企業に勤める約3,000人を対象にした調査では、睡眠不足により仕事効率が40%ダウンしていたという試算もあります。また、米国のシンクタンクであるランド研究所の試算によれば、日本の睡眠不足を原因とした国家レベルの経済損失は年間約15兆円にも上るとされているほどです」(青山・表参道睡眠ストレスクリニック院長の中村真樹先生)。
睡眠が不足しているときの脳の状態について中村先生は、「睡眠不足のときには、意欲や感情の制御、集中力や注意力・判断力などに関わる脳の前頭葉がダメージを受け、脳活動が極端に低下していた、という報告があります※8。睡眠不足になるとやる気が出ず、キレやすくなり、気合いで乗り切ろうとしても実際の作業では作業能率が落ちてしまうと考えられます」(中村先生)。
このような寝不足と作業効率などとの関係から、最近のキーワードとなっているのが「睡眠負債」。毎日の1~2時間程度の寝不足が、借金のようにゆっくりとじわじわと蓄積される状態のことを指します。1日5時間の睡眠を1週間続けただけでも日中に強い眠気を感じるようになり、日を追うごとに、数字や文字に反応するテストにおいて、ケアレスミスが増えてしまうという研究があります。
一方、寝不足が続くと体はその状態に慣れてしまいます。眠気を意識しにくくなる「かくれ寝不足」になることも懸念されます。このような状態になると、自分では睡眠時間が短くても大丈夫だと思っているのに、実際の勉強や仕事のパフォーマンスは落ちてしまっているのです。気づかないうちに日中のパフォーマンスを下げることがないようにするには、睡眠負債をためないことが大切です。
睡眠障害は様々な病気のリスクになる
睡眠不足や睡眠状態の乱れは、糖尿病や高血圧、脂質異常症などの生活習慣病やうつ、認知症などの、様々な病気のリスクになると考えられています。睡眠時間が7~8時間だと、肥満、高血圧、脂質異常症のリスクが低くなる。しかし、睡眠が短くなるほど、これらの病気のリスクが高まるという報告があります。また、睡眠を7~8時間とっている人と比較すると、5時間未満の睡眠の人は糖尿病リスクが2.5倍という報告もされています。
「睡眠不足と肥満や生活習慣病の一因には、食欲を司るホルモンの乱れが関わると考えられます。睡眠時間が短くなるほど、食欲を抑制し満腹感をもたらすレプチンというホルモンの分泌が減少する一方、食欲を高めるグレリンというホルモンが増えます。その結果、必要以上に食べてしまい、肥満になりやすく、生活習慣病のリスクも高まるのです」(中村先生)。残業などで夜遅くまで起きているとお腹がすくのは、食欲のホルモンの乱れによる影響もあるのかもしれません。
「生活習慣病で薬物治療をしても改善が見られない患者さんたちの中には、背景に睡眠の問題がある人たちも多くいると見ています」(中村先生)。
うつについては、日本の12~18歳の学生15,637人を対象にした調査があります。睡眠時間とうつ・不安との関係を、「睡眠時間と自己申告式の質問票」を使用して、調べました。睡眠時間8時間±30分を基準としたとき、睡眠時間が5時間程度の中学生はその後のうつ発生リスクが3倍以上となりました。学習や仕事のパフォーマンスを下げ、意欲低下を引き起こし、免疫低下や生活習慣病リスクまで高めてしまう睡眠不足は、真剣に見直す必要がありそうです。
体内時計のリズムに沿う生活が健やかな睡眠の基本
睡眠は心身の健康のみならず、勉強や仕事のパフォーマンスにも大きく影響します。眠りの悩みが慢性化を招かないうちに、日常生活を見直して良い睡眠にしましょう。
「人間の体内には、夜になると眠くなり、朝になると目覚める、という睡眠と覚醒のリズムが備わっています。ところが、夜の眠りを妨げる生活習慣やストレスが続くと、寝付きが悪くなり、スッキリ起きられないといった睡眠の乱れも常態化します。体内時計に合わせた光の刺激、食事、活動を心がけることによって、夜に自然と寝付けるようにしていくことが大切です」(中村先生)